
日銀は6月15日~16日の金融政策決定会合で、政策金利を0.25%程度引き上げる構えだが、民間金融機関の住宅ローンの変動金利も同程度引き上げられる見通しだ。
日本の住宅ローンの変動金利の割合は約80%に達し、主要国で突出して高い。仮に変動金利が累計で1%上昇すれば、日本全体では最大1兆7,500億円の巨額の返済負担増が生じる計算だ。
実際に北欧のスウェーデンでは住宅ローンの変動金利の大幅な上昇が個人消費の急減や住宅価格の急落を招いている。日本の場合、20歳代~30歳代の若者層に深刻なダメージを与える恐れがあり、今後、変動金利の動向を一段と注視する必要がある。
GDPの40%近い巨額の住宅ローンが金利変動リスクにさらされる
日本全体の住宅ローン残高は約220兆円とGDP(国内総生産)の半分近くを占める。この内変動金利による借り入れが全体の約80%の160兆円~180兆円。GDPの実に40%近い巨額の住宅ローンが金利変動リスクにさらされている。
主要国の変動金利の割合をみると、米国が5%~10%、ドイツが10%前後、イギリスが15%~26%、フランスが5%以下などとなっている。住宅ローンは一件当たりの金額が大きく、返済期間も長いので、借り手にとってリスクの大きい融資である。日本以外の主要国では金利変動リスクを減らすため、借り手は多少金利が高くても借入時から金利の変わらない固定金利を選ぶことが圧倒的に多いという。
それではなぜ日本の変動金利の比率は世界的に突出して高いのか。1990年代初めのバブル崩壊で日本経済が30年に及ぶ「実質ゼロ成長」に陥ったことが背景にある。
日銀は景気てこ入れのために「異次元金融緩和」を実施、異例の超低金利が長く続いた。住宅ローンの変動金利は、民間金融機関の短期プライムレート(最優遇貸し出し金利)に連動する形で変更されることが多い。異次元緩和の修正により固定金利は現在、年3%強の水準に上昇しているが、変動金利ならば依然として1%前後ですむ。
今の若者世代は「金利のある時代」を知らず、ましてや金利が本格的に上昇する局面を経験したことはない。数千万円の借り入れで約2%の金利差は大きく、将来の金利変動リスクに目をつぶっても、変動金利を選ぶ最大の要因になっている。
一方、貸し手の金融機関は長引く日本経済の「実質ゼロ成長」で企業向け貸し出しが落ち込み、その穴を埋めるために個人向けの住宅ローンに力を入れてきたという事情がある。
さらに金融庁などの監督当局は、世界的にみても異例な変動金利が80%を占める住宅ローンの現状に対して、放置していたとは言わないものの、十分な対策を取ってきたとも言えないだろう。
2000年以降、25年間の住宅ローンの固定金利と変動金利の差を調べると、平均して固定金利が変動金利を1%程度上回っている。メガバンクはこの6月から長期金利(10年物の国債利回り)に連動する住宅ローンの固定金利を年3%強に引き上げた。
現在、住宅ローンの変動金利は約1%前後なので、固定金利と変動金利の差は2%強ある。2000年以降の平均的な金利差の1%程度と比較すると、今の金利差は平均的な水準を1%強上回っている。つまり今後、変動金利は少なくとも累計で1%強上昇する可能性があるということになる。
その場合、日本経済にどのような影響を及ぼすのか。日本の変動金利の住宅ローンには、金利が一度に上昇しないよういくつかの軽減措置が盛り込まれている。だが、軽減措置で金利上昇の一部が先送りされても帳消しになるわけではない。最後は上昇した金利の分も含めてきっちり返済しなければならない。
1%の金利上昇で最大1兆8,000億円の返済負担の増加
その変動金利の住宅ローンが抱えるリスクを試算してみよう。数字は単純計算による推定値である。160兆円~180兆円ある変動金利の住宅ローンの金利が何回かに分けて累計1%程度上昇したとすると、日本経済全体ではざっと1兆6,000億円~1兆8,000億円にのぼる返済負担増が発生する。
特に年代別では20歳代から30歳代の若い層の負担が大きくなる見通し。若い世代の収入は中高年に比べて少なく、資金の不足分を住宅ローンで補おうとする傾向が強いためだ。
昨年の東京都23区の新築マンションの平均価格は約1億3,600万円と1億円の大台を大きく超えている。年収に対する倍率は19倍~20倍となり、1990年に記録したバブルのピーク時の約18倍(都内新築マンション)を上回っている。
物件価格が大幅に上昇していることなどから、都内23区の住宅ローンの新規借り入れは、①8,000万円~1億円の大型借り入れが増えている②35年以内が多かった借入期間が40年~50年と急速に長期化しつつある③「ペアローン」など共稼ぎを前提にした借り入れの増額が増えているーという3つの特徴がある。
三井住友トラスト・資産の未来研究所が発表した2025年3月のレポートによれば、20歳代の借り手の14.4%が36年以上の超長期の返済期間を選択しているという。
例えば、やや極端な例かもしれないが、変動金利の住宅ローン8,000万円を50年返済で借りた場合、金利が1%上昇すると年間の返済額は約50万円増える。毎月の返済は約4万円の増加で、子育てなどで何かとお金のかかる若者世代で年間50万円の負担増は軽視できないだろう。
さらに変動金利が現在の水準から累計で2%前後上昇した場合、年間の返済負担増は100万円となり、50年間の総返済額は4,600万円も増えるという試算もある。
夫婦で返済する「ペアローン」は返済者が2人いるから心配ないという見方もあるが、それほど単純な話ではない。借り入れ可能額は増えるが、病気で働けなくなったりするリスクは2人分、すなわち2倍になる。借入額が大幅に増えているだけに一人で返済する場合よりも大きなリスクを背負い込んでいるという見方もできる。
日本の住宅ローンは、①高い変動金利の割合②8,000万円を超える高額借入の増加③半世紀(50年)に及ぶ返済期間の長期化―という3つのリスクを抱えていると言えよう。
将来の日本を支える若者世代が住宅ローンでつまずき、ローン支払いのために生活を極端に切り詰めたり、最悪の場合、住んでいる家を売却せざるを得ない状況に追い込まれたりすれば、日本社会にとって重大な痛手になりかねない。
人口2000万人のスウェーデンでは2022年から2024年にかけて住宅ローンの変動金利が大幅に上昇した結果、経済全体が深刻な打撃を被った。日本に比べて人口は少ないものの、変動金利の比率は80%と日本とほぼ同水準。変動金利の急上昇で毎月の返済額が30%~70%も増え、住宅価格は10%を超えて下落、個人消費も急減したという。
日本の場合、返済が急増しないような軽減措置があり、スウェーデンのような事態に見舞われる可能性は小さいと考えられる。しかし、すでに世界的に低い物価が長期間続く「ディスインフレの時代」は終わり、我々は「普通のインフレの時代」に生きている。
今後、ホルムズ海峡が開放されても世界の海上輸送の「チョークポイント(要衝)」の懸念はなくならず、物価の上昇傾向が簡単に収まることはないだろう。米FRB(連邦準備理事会)やECB(欧州中央銀行)はインフレ抑制のために利上げの構えをみせている。日本の住宅ローンの変動金利の上昇リスクは短期間に収束することはないと考えるべきだ。
住信SBIネット銀の円山社長「私個人としては一貫して住宅ローンは固定金利一択だ」
住信SBIネット銀行の円山法昭社長は5月15日配信の日経新聞のインタビュー記事で「私個人としては一貫して住宅ローンは固定金利一択だと言い続けている。経済環境や金利はいつ、どう変わるかわからない。略。私自身も固定金利のローンしか借りたことがない」と強い表現で語ったことが話題になった。
OECDも日本の住宅ローンの高い変動金利の比率に警告
さらにOECD(経済開発協力機構)は2024年発表のレポートで、「(日本では)変動金利型住宅ローンの比率が高く、家計の債務負担が上昇しているため、金利上昇局面で家計や金融システムの脆弱性が高まる」と明確に警告している。
今、日本の金融が置かれた状況をひと言で説明すれば、「マイナスの金利政策」という世界の中央銀行の歴史でも極めて異例な状況から、「普通の金融政策」への修正過程にある。
住宅ローンの変動金利はこれまでの超低金利の反動もあって、今後、予想を上回るスピードで上昇を続ける可能性もある。変動金利が80%を占める現状を一度に変えるのは困難なだけでなく、インパクトの大きさを考えると望ましくもないが、やれることはいくつもある。
金融機関は変動金利の低さを強調した過度の住宅ローンの拡大を控えることが求められる。また新規の融資の際には、借り手がどこまで金利の上昇に耐えられるかをシミューションする厳格な「ストレステスト」の実施も欠かせない。借り入れ側では「金利の上昇する世界」に対する知識と理解を深め、「金融リテラシー」を高めなければならない。
最も重要なことは政府による住宅価格上昇の抑制
そして最も重要な点は、政府は23区内の新築マンション価格の高騰にみられるような異常な不動産価格の上昇を抑制するための有効な対策を早急に打ち出すべきであるということだ。
日本の将来を担う若者が8,000万円を超える住宅ローンを組み、共稼ぎで50年間も返済を続けなければならない事態は「異常」としか言えないのではないか。住宅価格の高騰をこのまま抑えることができなければ、いずれ日本経済は再び「実質ゼロ成長」の世界に逆戻りすることになるだろう。
