
アメリカは7月4日、建国250年を迎えた。この節目の日に思い出すのは、2000年12月13日、当時のアル・ゴア副大統領(民主党)が行った大統領選の敗北宣言だ。ジョージ・ブッシュ氏(共和党)と戦った選挙は11月7日(火)の投票日から1ヵ月以上も勝者が決まらない異例の事態に陥っていた。連邦最高裁まで巻き込んだ訴訟合戦に発展し、最高裁は12月12日、5対4の僅差で事実上のブッシュ氏勝利の決定を下した。
その翌日、ゴア副大統領は敗北宣言の中で「私は最高裁の判断に強く反対する。しかし、それを受け入れる」と語った。さらに「国民の結束と民主主義の強さのために、私は敗北を認める」とその理由を述べた。私は当時、新聞社のワシントン支局長だった。どちらか一方が敗北宣言を出せば、その瞬間にアメリカの新大統領が決まるとあって、1ヵ月余りの間、片時も気の抜けない日々を送っていたことを思い出す。
最高裁の判決は出たものの、1票差という僅差。しかも争点を変えた新たな訴訟を起こせば何度でも戦いを続けることが可能だった。しかし、州の最高裁から連邦最高裁まで巻き込んだ訴訟合戦は、終着点が見えず、アメリカの司法制度の疲弊は限界に達していた。
ゴア副大統領の敗北宣言は個人的に苦渋の決断だったに違いない。このまま裁判を続ければ最後は勝ち、夢見たアメリカ大統領になれる可能性も残されていた。一方で戦いを続ければアメリカが国家として失うものも大きかっただろう。
中でもアメリカが誕生して以来、大切にしてきた民主主義や法の支配といった建国の理念を深く傷つける恐れがあった。ゴア氏の敗北宣言はアメリカの建国の理念をぎりぎりのところで守ろうとしたものだった。それ故、今ではアメリカの歴史上、最も重要な「敗北宣言」とも評価されている。
アメリカは初めて「理念」でつくられた国家
アメリカは1776年7月4日、人は生まれながらにして平等であること、だれもが持つ基本的人権、国民主権、法の支配 、権力を分散して自由を守る権力の分立などの「理念」をもとに建国された。現在に至るまでほとんどの国家は民族や文化、言語、歴史などの共有の土台の上に成り立っている。
「理念」は形を持たず、観念的であり、もろく、移ろい易い。気を抜くと簡単に崩れ去り、国としてのまとまりを失ってしまいかねない。アメリカは世界の歴史で初めて「理念」でつくられた国だった。そしてトーマス・ジェファソン、ジョージ・ワシントン、ベンジャミン・フランクリンらの建国の父はアメリカが将来、壊れ去ることのないよう建国の理念を考え出したのだった。
ただ、建国の理念を守るにはいつもだれかが気を配る必要があった。アメリカの建国以来、ずっとだれかがそのようにしてきた。ゴア副大統領の敗北宣言もこの延長線上にある。歴史上、アメリカの建国理念が根本から問われ、国家として分裂の危機に立たされたことは何度かあった。
その最大のものは建国から約100年後に起きた南北戦争である。60万人以上の米国民が死んだ世界史で最大の内戦と言われる。アメリカは多くの自国民の命を犠牲にしたが、紙一重のところで国家の分裂を防いだのである。
南北戦争から約150年、建国からでは250年が経つ現在のアメリカ。トランプ大統領は建国以来、多くの人々が守り、維持してきた建国の理念を自らの手で壊そうとしているようにみえる。
国内では違憲との強い批判を受けた移民排斥、議会の承認を得ない一方的な「相互関税」の実施、憲法で認められた言論の自由への挑戦など。海外では2026年1月の突然のベネズエラ攻撃、続く2月のイラン攻撃、さらにNATO(北大西洋条約機構)との深刻な確執やキューバへの脅迫まがいの発言など枚挙にいとまがない。
自由と民主主義の「最後の砦」とみられていたアメリカが、権威主義的な国家の代表である中国やロシアと同様のこと、場合によっては彼らを上回る“帝国主義的”な行動に出ているようにみえる。
現在はアメリカの建国の理念が問われる最も深刻な局面のひとつ
そんなことが起きないようにと建国の理念をつくったのが、トーマス・ジェファソンやジョージ・ワシントンらの建国の父だった。だが、彼らが恐れていた事態が今のアメリカで現実のものとなっている。ドナルド・トランプ大統領は建国の理念をいとも簡単に一人で破壊しようとしているかのようだ。
こうした状況を近年、多くの米国の歴史学者や政治学者は「現状は南北戦争とは異なるものの、アメリカの建国の理念が問われる最も深刻な局面の一つ」と強い危機感を示している。
なぜアメリカはそんな姿になったのか。最大の理由は1970年代後半以降、50年近くにわたって続いた「新自由主義」(ネオリベラリズム)の反動である。新自由主義は世界を単一の共通市場と考え、人や物、お金の自由な移動を可能にした。
その結果、新興国を含めて世界中の国に高い経済成長率をもたらしたが、同時に国の内外で大きな経済格差が生まれていた。新自由主義のリーダーのアメリカでも同様のことが起きていた。一部の富裕層が新自由主義の恩恵受けてますます豊かになる一方、普通のアメリカ人は仕事を海外に奪われ、移民の大量流入に悩まされるなど、強い不満がたまっていた。
アメリカの建国の理念である基本的な人権、国民主権、法の支配 、権力の分立のどれもが自分たちを守ってくれなかった、と彼らは感じていた。その思いが建国の理念を無視するトランプ大統領の行動を支えている。
トランプ大統領は「建国の理念」の脆さを証明?
ゴア副大統領の「敗北宣言」からトランプ大統領の再選までの25年間は、ちょうど新自由主義のピークから弊害が顕著になった時期と重なる。皮肉な言い方をすれば、トランプ大統領の最大の“功績”は、建国の父が知恵の限りを尽くした建国の理念がこれほど簡単に壊れてしまうことを証明したことにある。
これからのアメリカは250年前の建国の理念を高らかに掲げ続けることは難しくなるとみられる。今、アメリカに求められているのは、新しい理念の新しいアメリカの建国ではないだろうか。
100年前、アメリカの建国以来、最大の危機だった南北戦争は60万人を超える同胞の命と、奴隷制の廃止、憲法秩序の強化などの荒療治によって国家の分裂を何とか回避できた。
250年目のアメリカの「再建国」は大きなコストと長い時間を必要とするかもしれないが、アメリカは建国以来、そうやって数々の危機を乗り越え、その度に強い国家に生まれ変わってきた。ただ、もしそれができなければ、アメリカは名実ともに分裂国家になりかねないのである。
