「責任ある積極財政」という“呪文”(上)~高市首相の“夢”は実現するのか

スーパーとガソリンスタンド

第2次高市早苗政権が公約に掲げる「責任ある積極財政」の議論が本格的に始まった。しかし、いまだに「責任ある積極財政」の実体が判然としない。責任あるとは何を意味するのか。責任をちゃんと果たした上での積極財政ならば、金利が上昇しても構わないのか。

「責任ある積極財政」はその言葉を唱えれば“夢”が実現する“呪文”のようにも聞こえる。高市首相は「アベノミクス」の後継者を自認するが、当時と今では時代背景が大きく異なる。最大の変化は、トランプ米大統領が半世紀近く続いた「新自由主義」に終止符を打ったことである。この新しい状況下で「責任ある積極財政」という呪文は、高市首相の夢を実現できるのだろうか。

 まず本当に、実施済みのガソリン暫定税率の廃止や、審議中の食料品関連の消費税を2年間ゼロにする政策が、「責任ある積極財政」に値するのか。暫定税率の廃止で年間約1.5兆円、食料品関連の消費税ゼロで約5兆円のそれぞれ税収減が見込まれる。合計すれば6.5兆円もの大きな税収減になる。

もちろんガソリン価格は安い方がいいが、それでも国民生活の喫緊の課題だったのか。アメリカのイラン攻撃で石油価格が大幅に上昇しており、すでにガソリン価格は暫定税率の廃止前より高くなっている。それどころか追加的な石油元売り会社への補助金(約8,000億円)で何とか格好を付けているのが実情である。][

食料品にかかる消費税率も低いに越したことはないが、生活に密着した食料品の税率を2年後に引き上げられるのか。総額6.5兆円もあれば、インフレと30年に及ぶ「実質ゼロ成長」に苦しむ国民が本当に必要とする「他の政策」をいくつも実施できたのではないか。

多分、高市首相は、安倍元首相が財務省の反対を押し切って国債を大量発行したが、結局、金利は上がらず、心配は杞憂に終わったことを思い出しているに違いない。「財務省の“脅し”に乗ってダメ!」――そんな風に首相は考えているのかもしれない。ただ、当時と今では時代背景が激変していることを忘れてはならない。国債の大量発行を可能にした新自由主義(ネオリベラリズム)はすでに幕を閉じ、歴史的にも希有な黒田東彦日銀総裁の下での異次元金融緩和も過去の話となった。時代は大きく変わったのである。

最初に新自由主義とは何か、を考えてみよう。第二次大戦後、大きな政府を容認した「ケインズ主義」のアンチテーゼとして新自由主義は生まれた。その柱は、①小さな政府②民営化と規制緩和③人やお金の自由な移動―の3つで構成される。1970年代後半以降、サッチャー英首相やレーガン米大統領がリーダーになって世界に広めた。

新自由主義は途上国を含めて世界の多くの国に高い経済成長をもたらしたが、近年は世界的に格差が広がるといった問題も目立ち始めていた。人の移動の自由化は欧米を中心に移民を嫌う排外主義につながり、お金の移動の自由化は2008年の「リーマンショック」を筆頭に、深刻な金融危機を幾度となく招いた。

そうした中で2025年1月、トランプ氏が二期目の米大統領に就任した。彼は就任するや否や、①大きな政府②経済活動への政府介入③移民の強力な制限―など新自由主義の考えをことごとく否定する政策を相次いで打ち出した。この新しい時代はまだ名前を持たないが、とりあえず「ポスト新自由主義」の時代と呼ぶことにしよう。

新自由主義時代の「小さな政府」という考え方は一種の「思想」だった。政府の無駄な支出を削減し、小さな政府を目指すことがまるで宗教上の「信念」のようだった。当時、小さな政府を無視して財政を大幅に拡大するのは極めて難しかった。日本では財政規律を迫る財務省を揶揄して「ザイム真理教」などとオカルトチックな名前まで付けられた。

ただし、2020年初めから世界的に大流行した新型コロナウィルスの対策のために、世界中で巨額の財政資金が支出されると、思想としての「小さな政府」は後退していった。そして二期目のトランプ大統領は、就任早々、新自由主義的な発想をはっきりと駆逐し始めた。新自由主義の時代には「世界は一つの大きな共通市場」のようにも見えたが、今では世界は日米欧などの「自由民主主義陣営」、中ロなどの「権威主義陣営」、インドやブラジルなどの「グローバルサウス陣営」3つのブロックに分裂している。

さらに2026年2月28日、米国はイスラエルとともにイランに対する攻撃を始め、最高指導者のホメイニ師を暗殺した。その少し前の年明け早々に、アメリカは南米のベネズエラを急襲、マドゥロ大統領を拘束してアメリカに連行していた。今年2月、5年目に入ったロシアによるウクライナ侵略、台湾問題などで強硬姿勢を強める中国、そしてアメリカ。「世界は一つの大きな共通市場」は夢のまた夢になった。

新自由主義の世界を陰ながら強力に支えていた「ディスインフレ」の時代も終わりを告げた。「世界は共通市場」という考えの下、中国は世界の工場になり、世界中に低価格の「メイドイン チャイナ」を輸出した。中国を生産拠点にした世界的なサプライチェーンが相次いで構築され、各国の企業は生産コストの大幅な削減に成功した。これが世界的な低インフレ、すなわちディスインフレを可能にした最大の要因である。

だが、中国が「一帯一路」などアメリカに対抗する動きを強めると、危機感を高めたアメリカは半導体などの分野で中国の閉め出しに動いた。経済成長とともに中国の人件費が上昇したこともあって、ディスインフレの前提条件は消滅、世界は「普通のインフレ」の時代に戻った。

英エコノミスト誌は2022年10月8日号で、新しい世界経済に関する特集記事「WHAT NEXT ?」を掲載。その中で過去数十年の消費者物価の年平均上昇率は4%程度だったとし、ディスインフレ後の世界の物価はこの水準にまで上昇すると予測した。

長い間、ゼロ%近傍の物価上昇にとどまっていた日本でも、最近は2%程度で推移しており、日本経済の回復とともに上昇率はさらに高まると考えられる。市場金利が長期間、物価上昇率を下回ることは少ないので、早晩、日本でも国債などの長期金利は物価上昇率を上回り、長期国債の発行金利は上昇傾向を強めるとの見方が出ている。(続く)

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この記事を書いた人

元全国紙記者。ワシントン支局時代の2001年9月11日、「同時多発テロ」に遭遇する。その後、アフガニスタン、イラクと続くアメリカのがむしゃらな戦争に今に至る「アメリカのダウントレンドの始まり」を感じた。

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