
今、世界の台風の目になっている米国、中国、ロシアは現代に復活した「帝国」と言って良いかもしれない。「3つの帝国」には見逃せない重要な共通点がある。いずれの国も自国の利益を最優先し、必要とあれば武力で他国を攻撃することを厭わない。国際法も国連も簡単に無視しようとする。
背景にあるのは失われた、あるいは失われつつある「帝国の栄光」を取り戻したいという強い情動(感情)である。そのためには割に合わない大きなコストを払っても構わないという非合理な信念にも似た思いがある。情動に突き動かされる米中ロの3帝国がつくる国際秩序。それは約80年前に第二次大戦が終わって以来、最も危険な秩序になる可能性がある。
米中ロは世界の3大軍事強国であり、この3カ国が世界の核兵器のほとんどを所有している。GDP(国内総生産)をみれば米国が世界1位、中国が2位、ロシアは少し落ちて10位前後か。いずれの国も「超権威主義的」な人物がリーダーの座に座わる。ロシアのプーチン大統領しかり、中国の習近平国家主席しかり、アメリカのトランプ大統領しかりである。
3人は絶対的な権力者であり、側近中の側近でも軽々に異論を唱えることはできないという。彼らは現代に復活した帝国の「皇帝」と言って良いだろう。そして3人には世界に重大な影響を及ぼしかねない共通の思いがある。それは「帝国の栄光」を何としても取り戻したいという強い感情(情動)であり、身を焦がすような熱い思いが彼らを突き動かす。
現代に復活した「3人の皇帝」のそれぞれの思い
3人の「皇帝」の思いを振り返ろう。プーチン大統領はロシアを大国に押し上げた17世紀のピョートル大帝に自らを重ね、偉大なロシア帝国の復活を夢見ている。1991年12月、旧ソ連邦は崩壊し、ロシアはバラバラになった。共産主義から資本主義への転換にも失敗。経済は不振を極め、国民の生活はどん底になった。アメリカをはじめとする西側諸国は旧ソ連の体制転換を加速させるため、ロシアへの巨額の支援を約束したが、その多くは実行されないまま終わった。
ロシアが気づいた時にはもう後戻りできなくなっていた。祖国の苦境を間近で見ていたプーチン氏は西側に対する拭いがたい不信感を抱くとともに、偉大なロシア帝国の復活を強く心に誓ったに違いない。決定的だったのはNATO(北大西洋条約機構)の拡張である。バルト三国に加えて、ロシア民族の兄弟分と考えていたウクライナまでがNATOの加盟候補になっていた。2014年、ついにプーチン大統領はウクライナのクリミヤ半島を占領し、2022年にはウクライナに対する全面的な侵略戦争に踏み切った。
習近平主席は辛酸をなめた中国の長い歴史を片時も忘れたことはないだろう。19世紀初め、中国は世界経済の約30%を占める経済大国だった。それがイギリスとのアヘン戦争に負け、日清戦争の敗北によって日本の長期にわたる支配を受けることになる。その後、1978年から始まった鄧小平氏の改革開放路線によって中国は復活のチャンスをつかむ。
当時の世界を一つの共通市場と考える新自由主義(ネオリベラリズム)時代の波にも乗り、中国は名実ともに「世界の工場」になった。2010年には日本を抜いて世界第2位のGDPを誇る経済大国に踊り出る。そして軍事費は経済成長を上回るスピードで膨張を続けた。習近平主席は「5000年の歴史を持つ偉大な中華帝国の復活」を誓い、中でも失った領土の復活に強い執着をみせる。香港を中国共産党の完全な支配下に置いたのに続き、近い将来、台湾を武力制圧することすら厭わない構えをみせる。
アメリカは今でも世界最大の経済大国であり、軍事力も他国を圧倒している。しかし、製造業は日本やドイツ、中国などの後塵を拝し、軍事力についてもアメリカだけに過大な負担が押しつけられているとの不満を強めている。国内ではメキシコなどからの移民が増え、近い将来、白人がマイノリティーに陥るという危機感が白人社会で高まっている。
第二次大戦直後、アメリカの生産力は世界全体の半分近くを占めていた。ロシアや中国が核を開発する前には、アメリカが世界の核を独占していた。国連など国際機関の設立をはじめ戦後世界のあらゆる秩序は事実上、アメリカがつくったものだ。旧ソ連崩壊後、アメリカは名実ともに世界で唯一の超大国になった。しかし、2001年の同時テロやそれに続くアフガン・イラク戦争以降、アメリカは建国以来、初めて「長い下り坂」を歩み始めたようにみえる。
そして2025年1月、「アメリカを再び偉大な国に!(MAGA)」を旗印に掲げるトランプ氏が二期目の大統領に就任。1年後の今年1月にはベネズエラを攻撃してマドゥーロ大統領をアメリカに強制連行、翌2月にはイランに対して突然の武力行使に踏み切り、最高指導者のハメネイ師を暗殺している。
「帝国のレガシー」を取り戻したい強い情動の存在
なぜ米中ロはそろって自国の利益を最優先し、必要とあれば武力で他国を攻撃することを厭わず、国際法も国連も簡単に無視しようとするのか。最大の理由は、失われた帝国の栄光、すなわち「帝国のレガシー」を取り戻したいという強い情動(感情)の存在である。新自由主義の時代は世界を一つの共通市場として捉え、人やお金の自由な移動、小さな政府、人種をはじめ多様性のある社会の実現を目指した。
その結果、新興国を含めて世界中に高い経済成長をもたらしたが、同時に国内外の格差を拡大させ、世界の至る所で中産階級の崩壊が進んだ。さらに国境の壁を強引すぎるほど低くしようとした結果、それぞれの国や地域の伝統や文化などを軽視しがちになり、各国の保守派を中心に自由化や国際化に対する強い拒否反応を招くことになる。
「帝国のレガシー」には伝統や文化、民族、宗教、慣習などの理屈だけでは割り切れない要素が少なくない。それらの根本には国民の感情、すなわち情動がある。だから非合理であり、理屈だけでは解釈できない。例えば、ロシアのウクライナ侵略も相当割に合わない行為にみえる。プーチン大統領は、ウクライナをロシアの兄弟国のように語るが、旧ソ連崩壊後は別々の独立国になっている。仮にウクライナに東部の州を割譲させたとしても、どれだけロシアの安全保証の強化に役立つのか。それよりも第二次大戦後の世界秩序や国際法をことごとく無視したロシアの行為は、欧米だけなく世界中の国にロシアとの間の距離をとろうとさせるに違いない。
アメリカはつい最近までは嫌々ながらも、何か問題が起きれば世界の警察官役を引き受けていた。2001年の同時テロ後、ブッシュ大統領はアフガンとイラクに対する攻撃を始めたが、形だけだとしても国連の承認を得る努力をした。この戦争は同時テロで本土を攻撃されたアメリカの自衛のための戦いという見方もできる。
しかし、2026年1月のトランプ大統領のベネズエラやイランに対する攻撃では、アメリカにとって切迫した脅威は存在せず、自衛のための戦争とは到底言いがたい。アメリカは歴史上初めて自由・平等、民主主義などの近代国家の理念のもとに建国された国だ。二期目のトランプ政権は、その建国の理念を自らの手で粉々に壊してしまったのである。
中国は香港返還に際して約束した「一国二制度」の約束をあっさり反故にし、香港の民主派勢力を徹底的に弾圧した。だが、習近平主席の最大の悲願である台湾を無理矢理取り戻すことは、相当な「ハイリスク・ローリターン」と考えられる。台湾を武力で占領しようとすれば、どこまでアメリカが本気で台湾を守ろうとするかどうかは別にしても、少なくとも中国軍はかなりの痛手を被るのは間違いない。
仮に台湾占領に成功したとしても、その時は台湾の社会インフラは深刻なダメージを受けているはずだし、中国に対する海外の警戒心はかつてなく高まるだろう。1989年6月の天安門事件のように、10年近くあるいはそれ以上の間、世界の中で孤立することを覚悟する必要がある。それでも中国が武力による台湾占領を諦めないとしたら、それは習近平主席の「中華帝国の栄光」を何が何でも達成するという強い執着、すなわち情動のなせるわざと言わざるを得ない。
「情動の帝国時代」は世界秩序を著しく不安定に
米中ロの「帝国のレガシー」を追求する行動は、世界の秩序を極めて不安定で危険なものにする恐れがある。レガシーの怖さは合理的な理屈がなく、感情(情動)が優先されるところにある。合理的に考えれば割に合わず、踏みとどまれることでも、感情が優先されるとレガシーのためには何でもやろうとしかねない。
だから怖いのである。最近の米中ロの行動にはそうした怖さがはっきりと見てとれる。今、つくられようとしている世界の秩序は、米中ロがレガシーを求めて情動で行動する「情動の帝国時代」と言えよう。そして「レガシー」はどんな小さな国にもある。もし、米中ロだけでなく、多くの国がレガシーを取り戻そうと情動に突き動かされる事態になれば、世界中が情動の渦に飲み込まれることになる。第二次大戦が終了してから約80年、「一つの妖怪が世界を徘徊している。--情動という妖怪が」。我々はこの情動の国際秩序という妖怪に備えるため、準備を始めなければならない。
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