
生成AI(人工知能、以下AI)が広く使われるようになると、社会のさまざまな人や企業が、同じ様なタイミングで行動することが増えると考えられる。
その理由の一つは、AIによって情報を得てから行動するまでの時間が大幅に短縮されるからだ。
例えば、あるニュースが起きた時、これまでは人が情報を集め、考え、判断してから動いていた。しかしAIを使えば情報の収集や分析、判断をほとんど瞬時に行えるようになる。
すると多くの人や企業が同じ様な情報をもとに、同じ様なタイミングで、同じ方向に動くことが増える。
こうした動きが重なると個々の動きは小さくても、社会全体では大きな動きに増幅されることがある。
この現象はすでに株式市場などでもみられるが、今後、企業の設備投資や景気、消費、さらには政治の分野でも、同様の現象が起きる可能性がある。
特に政治の世界では多くの人が短時間で同じ情報に反応し、同じ方向に動くようになると、世論や政治の変化がこれまでより速く、大きなものになりやすい。この結果、民主主義を不安定なものにしかねない。
同じ情報のAIの答は同じ様になり、社会の行動を同調させる
AIが本格的に使われるようになる前の株式市場では、投資家がニュースや経済指標などを分析し、「株価が上がりそうか、下がりそうか」を考えてから、売るか買うか、あるいは何もしないかを決めていた。
ところが、AIを組み込んだ高度なアルゴリズム取引が広がると、状況が一変した。
AIが大量の情報を短時間で分析し、その結果をもとにコンピューターが自動的に売買注文を出すようになった。
金融庁が2026年3月に公表した2025年(7月~12月)の東証の取引実績によると、AIやアルゴリズムを使って売買する「高速取引行為者等」の売買代金は、市場全体の30%台に達したという。新規の注文件数では約80%を占めるまでに膨らんでいる。
つまり株式市場では、人間が一つ一つ考えて注文する従来のやり方だけでなく、コンピューターが瞬時に判断して大量の注文を出す時代になっている。
その結果、あるニュースに対して「売り」と判断するAIが多ければ、短時間に売り注文が集中し、株価は一気に下がる。逆に「買い」と判断する注文が集中すると、株価が急上昇する。
最近の日経平均株価は、前日比で1,000円以上も上がったり、下がったりすることが珍しくない。
すなわちAIが投資家の判断と売買を高速化することで、同じ方向の注文が短時間に集中し、株価の動きを大きくする要因の一つになっていると考えられる。
同じ動きが重なると波のように増幅され、社会の大きな動きを招く
AIは膨大な情報の中から必要な情報を探し出し、その意味を短時間で分析する。その結果、人間はAIの分析結果をもとに判断し、すぐに行動することが可能になる。
さらに同じ様な情報を同じ様なAIに分析させれば、似たような結論が出てくるだろう。するとAIを使っている人や企業は、同じ情報に対して、同じ様なタイミングで、同じ様な行動を取りがちになると考えられる。
これがここでいう行動の「同調」あるいは「同期」である。そして同じ方向の動きが一斉に起きると、たとえ個々の動きは小さくても、それが重なって社会全体に大きな影響を及ぼすようになる。
海の波も、一つ一つの波は小さくても、重なり合うことで高さを増し、大きな波になることがある。
社会でも同じ様な行動が同じタイミングで重なることで、影響が大きくなる可能性がある。ここではこの現象を「増幅効果」と呼ぶことにする。
こうした「同調」と「増幅」は、株式市場だけの現象ではない。例えば、企業の設備投資でも起こる。
ある企業が「工場をいつ、どれくらいの規模で建設すべきか」をAIに相談したとする。AIは景気動向や金利、製品の需要、競合企業の動きなど大量の情報を分析した上で、設備投資の計画を提案する。
同じ業界の複数の企業が同じ様にAIを利用すれば、それぞれのAIが同じ様な情報を分析し、結果として同じ様な結論を出す可能性が高い。
すると企業Aも企業Bも企業Cも、「今が工場を建設するタイミングだ」「これくらい生産能力を増やすべきだ」と判断するかもしれない。
その結果、多くの企業が同じ時期に工場を建設し、一斉に生産能力を増やすことになる。
単一の企業にとって合理的な判断でも、業界全体では生産能力が過剰になり、製品が余ってしまう可能性がある。
すなわちAIを利用する企業一社一社の判断が合理的だったとしても、多くの企業が同じ様に合理的な判断をすると、社会全体では逆に問題が生じることがある。
これはAI時代の重要なテーマの一つ言える。今後、AIの利用が社会に広がっていくと「AIを使った個々の判断が合理的でも、同じ判断が一斉に行われると、全体としては非合理的な結果をもたらす」という現象が頻発する可能性がある。
AI使う有権者と政治家、短期間に大きな政治的な潮流生む可能性も
政治の世界でも同じことが言える。仮に有権者がある政治に関わる情報を得たとする。その情報が何を意味するのか自分では判断できないため、AIに相談する。
するとAIは膨大なデータの中からその情報が意味するところを瞬時に分析し、有権者に伝える。
有権者はその分析結果をもとに、どの政治家や政党を支持するか、あるいは支持しないかを決める。
ここで多くの有権者が似たような性能のAIを使っていたらどうなるだろうか。同じ情報をAIに分析させれば、答えも似たものになる可能性が高い。
そうなれば有権者の判断や行動が短時間に同じ方向へ動き、大きな政治的潮流を生み出すかもしれない。
さらにそれを見た政治家もAIに相談する。自分で時間をかけて考えるのではなく、「この状況でどう行動すべきか」とAIに尋ね、瞬時に答えを得る。
多くの政治家が同じ様な性能のAIを使っていれば、回答も同じ様なものになり、実際の行動も似てくる可能性がある。
その結果、有権者も政治家も熟慮することなく、短時間のうちに重大な決定をしてしまうかもしれない。
民主主義は異なる意見を持つ人々の間で議論し、利害関係を調整するための十分な時間を必要とする。
拙速に重大な案件を決めることは、どれだけ過去の膨大なデータを分析しても、時には取り返しのつかない大失敗を生むこともある。
最後にAIの技術的な側面について考えてみよう。生成AIなどの最先端のAIは高度な技術を必要とするため、開発できる企業は世界的にも限られている。
今のような生成AIが普及するきっかけとなったのは、米国のOpenAIが2022年11月30日にChatGPTを公開したことだったと言われる。
今ではOpenAI、Google、Microsoft、Meta、Anthropicなどの主要なAI開発企業が存在する。それでも最先端の基盤AIを開発できる企業は依然として限られている。
AIは「同じ情報に、同じタイミングで、より強く反応する社会」をつくる?
そのためAIが出す回答には、開発企業が用いるデータや設計思想、モデルの特性などが影響すると考えられる。
基盤となるAIが限られている以上、AIの答えにも一定の共通性が生じる可能性がある。
企業は自社独自のAIを使っていると考えているかもしれない。だが、その根幹にある基盤AIや技術が共通していれば、それぞれのAIは完全に別物というわけではない。
いわば同じ基本技術をもとにした少しタイプの異なる“兄弟”のようなAIを使っているということになる。この点もAIが行動の「同調」と「増幅」を引き起こす要因の一つになると考えられる。
AI社会では人工的に多様性ある意見が生まれる仕組みをつくるべき
つまりAIは情報を瞬時に判断して、社会を素早くかつ効率的に動かすだけではない。
社会全体を「同じ情報に、同じタイミングで、より強く反応する社会」へと変える可能性がある。
AIが普及途上の日本でそうした現象が本格的に現れていないのは、多くの人の多様な考えが混じり合い、中和されることで極端な動きが大きな潮流になるのを防いでいるとも言える。
一発逆転を狙う「逆張りの人」や、すぐには賛成できない「とんでもない意見の人」を含む多様性が、社会の一方向への大きな変動を防ぐ一種の「ビルトインスタビライザー(自動安定化装置)」の役割を果たしていると言える。
AIが日本でも普及するのは時間の問題だろう。そうなったとしても、特に重要な問題についてはすぐに結論を出さず、人間が自分で考える時間を設けたり、人と違う行動を取ろうとする人の意見を聞いたりする必要がある。
そうすれば少し手間がかかり、たまに小さな間違いを犯すことがあるかもしれないが、取り返しのつかない大失敗を招くことはないのではないだろうか。
