
日本経済は今、「新型バブル」の中にいるのではないか、最近、そう思うことが増えている。日経平均株価は2026年4月23日、取引時間中に一時、初の6万円台を付けた。1989年12月の前回バブルの終値の最高値(38,915円87銭)を2万円強も上回る水準である。
不動産経済研究所によれば、2025年の都内23区の新築マンションの平均販売価格は約1億3,600万円(前年比約21%上昇)と、サラリーマンの年収の17倍超にもなった。倍率は前回バブル(1990年初頭)のピーク時前後(1990年ごろ)には約8.9倍だったので、実に2倍近くになる。
都心部では至る所で超高層ビルを核とした大型プロジェクトが進行中。六本木や原宿だけでなく東京の郊外でも、一台数千万円もする超高級スポーツカーを見かけることが少なくない。都内の有名百貨店では中国系のインバウンドは減ったけれど、普通の人には手の届かない宝石やブランドものの売れ行きが好調だという。
しかし、肝心の日本経済は30年以上続く“ゼロ成長”のような状態から抜け出せてはいない。政府・日銀をはじめ多くの人は今の日本経済は1980年代半ばの前回バブルとは違うと自信ありげに語る。本当にそうだろうか。私たちは前回とは異なる新しいタイプのバブルの中にいるのを気づかないか、気づかないふりをしているだけなのではないか。
これから日本経済の「新型バブル」について考えてみよう思うが、どうしても触れないわけにはいかない一人の男がいる。名前は黒田東彦。2023年4月、10年間務めた日銀総裁を任期満了で退任した。第二次安倍晋三政権の下で「異次元金融緩和」を実践した責任者である。
私が新聞社で大蔵省にある記者クラブ(通称「財研」)を担当していた時に彼を知った。当時、黒田氏は同省国際金融局の国際機構課長だった。大蔵省の官僚は優秀な人が多いが、いつも苦虫を噛みつぶしたようなしかめっ面(つら)をしている人ばかり。そんな中で黒田氏は他の人とはちょっと違っていた。取材の時でも雑談の時でも、いつも笑顔を絶やさない。笑顔というか、「へらへら」しているのだ。いつだったか、私は「あまり人前でヘラヘラしない方がいいですよ」と、“忠告”したことがあった。だが、彼は全く意に介さず、その後も「へらへら」がやむことはなかった。
ある時、椅子に寝転がるようにして楽しそうに本を読んでいた。どうも日本語の本ではないよう。英語で書かれた経済学の本でも読んでいるのかと思ったら、原書の哲学の本。どうしたらそんな本を楽しそうに読めるのか、と思ったことを今でも思い出す。議論を吹っかけても決して感情的になることはない。「ふーん、そういう見方もあるんですね」といつものにこにこ顔、いやへらへら顔。だから彼とは喧々ガクガクの熱い議論にはならないのである。
黒田氏はその後、大蔵省では国際担当の次官級ポストである財務官になった。財務官の後はマニラに本部のあるアジア開発銀行の総裁に就任。そして安倍総理の下で異次元金融緩和という“火中の栗”を拾うことになる日銀総裁に就任するのだった。異次元緩和は失敗すれば厳しい批判の矢面に立たされるのは間違いなかった。それでも彼が火中の栗を拾ったのはなぜか?
もちろん大蔵省の次官経験者でも簡単にはなれない日銀総裁になりたかったというという動機はあったかもしれない。しかし、それでも失敗すればひどい袋だたきにあうのは間違いなかったのになぜなのか? 当時、日本経済は前回バブル崩壊後、20年以上も実質ゼロ成長が続いていた。これまで何人もの日銀出身の総裁が日本経済を立て直そうとしたが、その度に中途半端な金融緩和で失敗していた。黒田前総裁は前代未聞の、世界中の中銀総裁がだれ一人やったことのない究極の金融緩和に挑もうと思ったのではないか。
ただ、火中の栗を拾いに行っただけではなかった。彼には“秘めた狙い”があった。(続く)
