
今、北朝鮮ではスマートフォンをはじめとするハイテク・ブームに沸いているという。
スマホの普及率は約2,500万人の人口の4人に一人程度と推測される。スマホのほとんどが中国製で、輸入後、北朝鮮企業が自社のロゴを入れたり、独自アプリをインストールしたりして販売している。
国連などの経済制裁を受ける北朝鮮でなぜこれだけスマホが普及しているのか。そして最近、北朝鮮の強力な「外貨獲得手段」になりつつあるとみられるのが、サイバー攻撃による世界の暗号資産の盗み取り(窃取)だ。
暗号資産取引を分析する米企業によれば、その額は北朝鮮が制裁で失ったと考えられる年間の外貨獲得額の80%前後を穴埋めする規模に相当する。
北朝鮮経済に大きな変化、その多くにテクノロジーが関係
北朝鮮のテクノロジーに関する世界有数の専門家であり、米国の有力シンクタンク、スティムソン・センターのシニア・フェローでもあるマーティン・ウィリアムズ氏がこのほど、日本外国特派員協会で会見した。
同氏によれば「ここ2、3年の間に北朝鮮経済にかなり大きな変化が起きている。その多くにテクノロジーが関係している」。
特に目立つのがスマホの急速な普及だ。国営テレビの番組や観光客が撮影した動画などには、街をそぞろ歩きする多くの市民が片手にスマホを持っている姿が映る。
昨年10月頃、平壌のスタジアムで行われたイベントでは、多くの人がスマホを手にしている姿が映し出される。
北朝鮮のスマホの普及率について「信頼すべき統計はないが、私たちは北朝鮮の人口の約2,500万人のうち、約700万人がスマホを利用していると推定している」。と話す。
ウィリアムズ氏は「これまで何台かの北朝鮮製のスマホを入手したり、調査したりする機会があった。そしてユーザーの体験が変化していることが分かった」と語る。
スマホに入っているアプリは、以前は国営ニュースや金日成や金正日の著作、電卓、目覚まし時計などが中心だった。しかし、「この3~4年でアプリの数も種類も大幅に増えている」。
スマホには複数の電子マネー・アプリが入っているほか、オンラインショッピングやゲームのアプリも数多くある。「北朝鮮のスマホにはさまざまなアプリが入り始めている」という。

1,500種以上のアプリ、ゲームとエンタメ系が半数占める
販売されているスマホは日本や欧州、米国で売られているものとよく似ている。機種的には中価格帯のものが多く、最上位機種でも最下位機種でもない。
全てのスマホがAndroidベースで、iPhoneはないという。スマホ本体は北朝鮮の貿易会社が中国から輸入しており、そのほとんどが「メード・イン・チャイナ」だ。
輸入したスマホの背面には北朝鮮企業のロゴが入っており、一見すると北朝鮮製のスマホのようにもみえる。独自の様々なアプリがインストールされた後、一般に販売される。
アプリの数は1,500種以上にのぼり、特に人気の高いアプリがゲームとエンタメ系。アプリ全体の約半分がゲームやエンタメ関連とみられる。韓国ドラマやアメリカの映画なども流入している。
さらに「主要なアプリの一つが電子ウォレット。列車の切符を買ったり、高速道路の料金を払ったり、バスのチケットを買ったりできる」と話す。
北朝鮮のスマホは国家によって何重にも厳重管理
ただし、北朝鮮のスマホは国家によって厳重に管理されている。「北朝鮮で使われているAndroidには国家のセキュリティー・システムが多数組み込まれている」。
オンラインサービスを利用するには「モバイル利用者ID」が必要なほか、名前や住所、通常の身分証明書番号、勤務先や両親の名前まで記載する必要がある。
アプリによっては自分の顔を撮影した動画を提出しなければならないものもある。国家が承認していないアプリをインストールすることはできないし、未承認の動画を再生することもできない。
国外から届くWi-Fiに接続できないようにするため、Wi-Fiは初めから無効化されている。
最近のスマホ関連の新しい動きとしては、携帯電話のネットワーク網が大都市だけでなく、農村部にまで広がりつつあることがあげられるという。
ウィリアムズ氏によれば、北朝鮮関連の信頼できる情報を入手するのは非常に難しく、このため複数の情報源を使い、それらを総合的に判断している。
具体的には、国営テレビや国営通信社はもちろん、様々な情報源からの内部情報、科学技術系の学術誌、観光客が撮影した動画や衛星画像などを駆使している。
現在、北朝鮮に対する経済制裁は、①国連安全保障理事会による国際的な制裁②日本・米国・韓国などによる独自制裁③北朝鮮の核・ミサイル開発に使われる資金や物資、人員、金融網に対する制裁―の3層構造になっている。
国連による北朝鮮に対する本格的な制裁は、2006年10月9日、北朝鮮が初の核実験を実施したのを受け、5日後の14日に開いた安保理で決められた。
その後、2017年12月の安保理決議によって、北朝鮮への電子機器の供給が大幅に制限され、韓国政府はスマホも同決議の禁止対象に含まれるとの見解を示している。
しかし、スティムソン・センター傘下の北朝鮮分析サイトの「38 ノース」は2026年3月の調査で、中国のOEMメーカーが製造し、その端末を北朝鮮に送り、北朝鮮側でOSやアプリをインストールした上で販売するという流れが推定されると伝えている。
さらに2024年5月には北朝鮮専門の韓国メディアである「Daily NK」は、北朝鮮が中国企業を通じてスマホ用部品の半導体などを調達しているとの情報を明らかにした。
国連などの制裁によって中国製スマホの「正規輸入」を止めても、中国製の完成品や半完成品、部品OEM生産など別ルートで北朝鮮に入ってきていると考えられる。
厳密にどの行為が制裁逃れにあたるのか、そうでないのかを判断するのは容易ではない。ただ、制裁対象になっているスマホの普及率が25%に達していることが事実とすれば、スマホ以外にも多くのハイテク製品が北朝鮮に流入している可能性があるだろう。
サイバー攻撃による暗号資産の窃取が有力な「外貨調達手段」に
ここで北朝鮮に対する経済制裁に関連してある重要な変化が浮かび上がる。武器や原油、船舶などはかさばるし、目立ちやすく、人知れず北朝鮮に運ぶのは簡単ではない。
しかし、スマホや半導体などのデジタル製品は極めて小さく運びやすい。関係筋によれば、北朝鮮は世界中に広がる「デジタル・ブラックマーケット」を制裁逃れや事実上の外貨獲得の手段として本格的に使い始めたとの見方が強まっている。
暗号資産取引を分析する米企業のChainalysisによれば、北朝鮮が関わったと考えられる暗号資産窃取額は、2017年には2,920万ドルだった。
その後、2023年には6億6,050万ドル(同社修正後)に達し、2025年には20億2,000万ドルへと急増した。
これを現在の為替レート(9月21日時点で1ドル=約156.7円)で換算すると、それぞれ約46億円、約1,034億円、約3,168億円となる。
2025年は2017年の実に約70倍に膨れ上がったことになる。これは2017年に北朝鮮が制裁で失ったと考えられる金額である25.8億ドルの約78%に相当する規模である。
仮に2025年の制裁による損失が2017年とあまり変わらない水準だとすると、年間の損失額の80%前後が暗号資産の窃取によって補填された可能性がある。
米政府は北朝鮮のサイバー・プログラムを「高度で機敏な能力」と評価
暗号資産の窃取は人員の教育やアプリの購入などに費用がかかるものの、武器の生産などのように多くの原材料を必要とせず、コストは極めて小さくてすむ。非常に効率の良い外貨の獲得手段になっていると考えられる。
実態は不明だが、少人数のサイバー部隊が海外の協力者などの助けを借りて、サイバー攻撃で暗号資産を盗み取り、それを資金洗浄した上で、ドルなどの外貨や物資と交換する仕組みのようだ。
すでに北朝鮮にとって暗号資産の窃取は「ハッカーによる副業」のレベルではなく、重要な外貨獲得手段の一つになっている可能性がある。
米国の情報機関を束ねる国家情報長官室(ODNI))は2026年の脅威に関するレポートの中で、北朝鮮のサイバー・プログラムを「高度かつ機敏なサイバー能力」と評価している。
世界はデジタル時代の新たな制裁の構築が必要
北朝鮮から物を買うな、あるいは売るなという従来の経済制裁は、同国の物理的あるいは金融上のネットワークの遮断を目的にしている。
ところがサイバー攻撃による暗号資産の窃取は、目には見えず、しかも北朝鮮国内にいながら世界中の暗号資産を標的にできる。
つまり従来方式の制裁では、北朝鮮のサイバー攻撃による暗号資産の窃取などを防ぐことが難しくなりつつある。
さらにサイバー攻撃は平時に外貨獲得手段になるだけでなく、戦時には情報戦の強力な“武器”にもなる「デュアルユース」の技術とも言える。
最近、北朝鮮の最高指導者の金正恩総書記は、頻繁にAI(人口知能)の開発強化を口にするようになった。もしサイバー攻撃にAIが本格利用されるようになれば、被害の規模は現在の比ではないだろう。
こうした北朝鮮の新たな動きは、制裁の主要な舞台が「モノ」から「デジタル」に移行しつつあることを明確に示している。
このまま北朝鮮がサイバー攻撃の技術を進化させていけば、世界にとってより深刻な脅威になるのは間違いない。
世界はデジタル時代の新しい制裁の枠組みを早急に構築することが求められている。
